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川と郷土史と民俗学ともろもろ 

9月に入ってもお天気が悪い…どころか関東東北の河川が越水、決壊、多くの被害を受けた所があり、なんとも言いようがありません。
テレビ画面を通して見る鬼怒川決壊の様子は、利根上の事務所に勤務し、カスリーン台風を経験した祖父の昔語りを様々と思い起こさせる凄まじいものでした。犠牲になられた方々、被害を受けられた方々にお悔やみと1日も早い復旧をお祈り申し上げます。


関東平野は河川との関わり無くして成り立たない地であると、郷土史に触れる度思い知らされます。「世界文明の発祥からして多くは川のほとりからではないか。何を今更。」と笑われてしまうかもしれませんが、大きな堤に囲われて物理的にも心理的にも川と隔てられてしまうと、どうしても忘れがちになってしまいます。

先日、偶然にも自分の住む地域に関係の深い郷土史と民俗学の研究誌を同時に手にする機会を得ました。『疫病は
川から来て、川へ流す』江戸時代、五十石、百石の船が行き来し、物流の要にもなっていた河川は様々な文化や習俗も運んでいただろうと推測されます。疫病を退散させる信仰や風習も帆掛船に乗って移動していたかもしれないなあとぼんやり既視感を覚え、利根川水系にそういった系統の神様がいくつかあったのを思い出し、サイクリングがてらまわってみたくなりました。

また別の冊子では、昨年訪れた倶利伽羅、篠原の古戦場、多太神社の記録を懐かしく読みました。倶利伽羅は時間とバスの都合上、上まで行くことができなかったので、今冬リベンジ予定です。一度訪れた人の話によると、とてつもないところらしいのですがどうなることやら。
今年の二月には義仲寺や大津の青嵐にある兼平墓所もお参りできたので、個人的に残すは福井と木曽。一番近い木曽がやはり後回しになりそうです。義仲と言ったら木曽なんですがね。


それと、見つけてからずーっと気になっていたこれ。
kosenjo061213.jpg

についての言及が。
やっぱりやらかしてたかー(笑)

数代前の町長さんはじめ、郷土史の先生や役場の人たちが一生懸命町の歴史を調べて、掘り起こし、町の内外に知らしめて下さったのは、後に埼玉に国宝が増えることに繋がっていくわけですが、いかんせん一生懸命すぎて空回ってる事もあって。
ガイドの勉強で修復現場へ行き、所長さんに「断定はいけませんよ」と何度となく言われたのを思い出します。推定や個人の見解ならそのようにはっきり示すべきですよね。他にも何やら怪しげなところがあるのですが、それはまた別の機会に(笑)


あ、


『このブログは、都合のいいとこだけつまんで、かってに妄想の風呂敷をおっ広げてるだけなので、信じちゃだめですよー!』

って、注意書きしてたかな?(人の事とやかく言えん)




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[2015/09/27 20:47] 雑記 | TB(0) | CM(0)

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