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鬼庭綱元と斎藤実盛 

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「斎藤実盛の子孫が伊達政宗につかえてたそうですよ」
と我が家に遊びに来たとある先輩が教えてくださいました。
調べてみたら、なんとなんと伊達三傑の一人、鬼庭綱元がその人ではないですか。
し、知らなかった。名字が違うとうっかり見落としますね。

鬼庭氏の祖は斎藤実盛の子孫で山城国八瀬の住人、斉藤内蔵人行元という人で、後に伊達郡茂庭に移り、そこで大蛇退治をしたことから勇猛さをもって鬼庭を名乗るようになったとか。


さて、ここからが面白いというか何かの因縁というか……
1585年。伊達郡と蘆名氏・佐竹氏の連合軍が戦った「人取橋の戦い」。
ここで綱元の父の鬼庭良直は老齢にて指揮を任され、奮戦、死亡します。
あれあれ、どこかで聞いた話だぞ?ともう少し詳しく調べていくうちに、なんと良直享年73歳!
実は祖先である斎藤別当実盛も73歳で討死しているのですよ。
(実盛の年齢については諸説ありますが)
これは、何という偶然。
鬼庭(茂庭)氏と実盛について興味がわいてきました。
鬼庭氏が実盛について何か書き記した事とかあったら面白いなぁなんて。
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[2008/03/21 00:31] ガイド・郷土史 | TB(0) | CM(0)

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