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カスリーン台風と水防演習 

古い写真を整理していたら、1947年(昭和22年)カスリーン台風による利根川の氾濫の様子を写したものを見つけました。
裏には祖父のメモがあり、以下のように書かれていました。
※( )内の註と句読点は私が付け加えたもので、それ以外は原文のままです。

決壊口より利根川の濁流が堤内地へ奔流しつつある凄まじき惨状。
水音は四圍6粁(※6km四方)の遠き迄聞えた。
利根川を下流より上流に眺める。

どうやら撮影場所は土手の上、決壊部分ギリギリの所。
もちろんズームで撮っているのだと思いますが、物凄い勢いで水が流れ込んでいる様子が写っています。



さらにメモには当時の様子が書かれていました。

昭和22年9月16日00h20m(※午前0時20分)遂に利根川右岸134.5粁(※キロメートル)附近、当時埼玉県北埼玉郡東村大字新川通、現在埼玉県北埼玉郡大利根村大字新川通地先(※現、大利根町カスリーン公園付近)で溢流による欠?(※「決壊」か?)が始まり、上流へ約300米(※メートル)に亘り破堤。濁流は滔々と堤内地に躍流し漸次田畑町村を浸水流下し東京都に及んだ。


実際の写真を掲載しようと思っていたのですが、カスリーン台風について調べているうちに、全く同じものを利根川上流河川事務所のサイトで発見。著作権の所在を問い合わせたところ、「不明」というお返事をいただいたため、こちらでの掲載は控えることにしました。
代わりにリンクを貼っておきます。



利根川上流河川事務所のサイト内にある
パネル集 「カスリーン台風 浸水状況」
http://www.tonejo.go.jp/kouhou/panel/panel2.htm
【パネルNo.2-8】
昭和22年洪水(カスリーン台風)の被害状況
(濁流の様子)


で見ることができます。左上の写真がそれです。
またそのすぐ下、「屋根まで浸った家屋(北川辺町)」の写真も我が家にありました。
当時の惨状を物語る貴重な写真とメモ書きを見て、あらためて洪水の恐ろしさを感じることとなりました。


祖母はこの時の被害を度々話してくれました。
周りは水だらけなのに飲む水がなかったこと。
水に浸かったところは本の隙間まで泥にまみれ、いくら洗おうが綺麗にならずいつまでも異臭を放っていたこと。
庄屋さんの水塚(みずか)に糠床を預けたこと。
対岸の町から飛んできてくれた救援の皆さんへの感謝。


水に浸かった茶箪笥が今も床の間にあります。鼻を近づけると今でもなんともいえない匂いがします。
そして祖母が何よりも大事にした糠床は今日も旬の野菜を漬けています。
糠床をかき混ぜる度に水害のことについて思いをめぐらすのもよいかもしれません。



このカスリーン台風の被害を受けて、関東地方では毎年大規模な水防演習が行われています。今年(2007年)は熊谷市葛和田の利根川岸で行われるそうです。
利根川の傍に生まれ育った私は恥ずかしい事にまだ一度も水防演習に参加(見学)した事がありません。
せっかく地元で開催されるのですから、見に行ってみようと思っています。




第56回 利根川水系連合水防演習
・平成19年5月19日(土)
・埼玉県熊谷市葛和田


時間など詳しい事が分かったら追記でUPします。

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[2007/03/25 16:54] ガイド・郷土史 | TB(0) | CM(0)

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