スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

[--/--/-- --:--] スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-)

忍城時代まつり'06―その二 

osi061112-009.jpg  osi061112-010.jpg

続いては、石田堤です。
天正18年(1590)の忍城攻めの際、石田三成が築いた堤の一部
が今も行田市と鴻巣市(旧吹上町)の境目付近に残っています。

上の写真は行田市の部分。
幕末に立てられた「石田堤碑」とそこから南東に50mほど行った
所に教育委員会設置の案内があります。

案内板の裏側には碑に書かれた文章が書き起こされているので
すが、松の木が風にあおられ頭にブスブス刺さって、じっくり読ん
でいられませんでした。痛かった……。




osi061112-011.jpg  osi061112-012.jpg

こちらは、鴻巣市(旧吹上町)側。
側……というか、行田からずっと続いているのですけれども。
今はこのあたりしか残っていませんが、当時は熊谷まで土手が
続き、荒川堤までつながっていたとか。

元からあった自然堤防を利用しつつの築堤とはいえ、凄い事を
したものです。




上越新幹線と交差する形で「石田堤史跡公園」が整備されてお
り、以下のようなパネル展示がされています。

osi061112-013.jpg  osi061112-014.jpg

豊臣秀吉の朱印状。
昨年来た時、榊原康政が浅野長吉に送った書状しか撮ってい
なかったので、今回は全て写してきました。
家に帰ってよく見たら「真田」の文字発見。

この公園、ちょっと問題がありまして……駐車場が無いのです。
それでいて高架を支える柱には「警察官巡回地点」の立て看板。
何かの罠ですか?

すぐ近くに市民プールがありますが、11月に空いているわけも
無く……せっかく整備したのにこれではゆっくり見ることもでき
ないですよ。ま、見に来る人なんていないか。




osi061112-015.jpg  ここで面白いのが、堤の
  断面が見られるところ。
  レプリカですが、築堤の
  様子がわかるようになっ
  ています。



osi061112-016.jpg  osi061112-017.jpg

堤の側面と上部の様子。
利根川のスーパー堤防と比べれば、たいした事はない大きさで
すが、400年以上前に人力でわずか一週間で作られたことを考え
ると、「エラいことしたもんだなぁ」と思わずにいられません。




osi061112-018.jpg  行田市堤根。
  「つ」が一つ落ちちゃってます
  が、「つつみね」です。
  堤があったところを沿うよう
  に北上し、次はさきたま古墳
  へ向かいます。




その三
スポンサーサイト

[2006/11/25 18:18] お祭り・戦国関連レポ | TB(0) | CM(0)

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://sinobigusa.blog29.fc2.com/tb.php/410-6df638d2




上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。