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火まつり(大我井神社祭礼)―その一 

2006年8月27日
大我井(おおがい)神社にて行われた「火まつり」の様子を
ご紹介します。

なにぶん夜のお祭りなため、見難い画像もありますが
ご了承ください。
間違え、問題点などございましたら、メールでご連絡頂ける
と有り難く存じます。



himaturi060727-019.jpg  himaturi060727-021.jpg

「大我井神社」は埼玉県熊谷市妻沼地区の鎮守です。
といっても現在の神社形式でお祀りされるようになったのは、
明治時代のこと。
江戸時代までは近くの聖天様に神様も仏様も一緒にお祀り
されていました。いわゆる神仏混淆(神仏習合)です。

徳川幕府が倒れると、明治新政府は神仏分離の政策を打ち
出しました。それによって廃仏毀釈の嵐が巻き起こり、日本中
のお寺や仏教に関する文化財がたくさん失われたそうです。

この土地の人達は今まで信仰してきたものを守るため、
新しく社を建築し、当時「聖天宮」とも呼ばれていた聖天様
から氏神様を分祀することにし、政府に陳情します。

「聖天山長楽寺歓喜院」は歓喜天を祀る真言宗の仏寺。
「大我井神社」は伊弉諾尊、伊弉冉尊をはじめとする神を祀る
神社である。

政府はこれを受け入れ、この地の神仏は守られることとなり
ました。

これに関しては、神仏混淆から分離にいたるまでの経過、
分離後の神社とお寺の関係など話題は尽きないのですが、
別の機会にお話ししようと思います。




で、お祭りですよ!

この大我井神社には社殿向かって左側に大きな富士塚があり、
今回のお祭りは「北口本宮冨士浅間神社(Wiki)」の鎮火大祭
(吉田の火祭り)にあわせて行われるものです。


himaturi060727-000.jpg  himaturi060727-001.jpg

神主さんが拝殿で古式ゆかしく火を起こします。
横棒を上下させ縦棒を高速回転させ火を起こす
舞錐式(まいぎりしき)という発火方法です。



himaturi060727-002.jpg  火を起こす間、拝殿の
  前で待つ巫女さん。
  小学6年生の女子から選ばれ
  ますが、良家のお嬢さんばか
  りです。皆さんかわいらしい。
  でも、ピンボケ……。

私はどこぞの馬の骨から生まれたのかもわからない上に、
「石長比売(イワナガヒメ)」派なのでお呼びがかかりません
でした。
くそう、岩のようにゴッチリ長生きしてやる!(笑)




その二へ続く
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