スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

[--/--/-- --:--] スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-)

金沢旅行'10―その5 

首洗い池~片山津温泉

20100212-010.jpg  20100212-011.jpg

柴山潟にぶつかって道を右に折れるとそこは『手塚町』
といっても、wikipediaによると「1939年(昭和14年)-(篠原村)村内に大字手塚が成立」とあるので、手塚光盛から取った比較的新しい地名のようです。
周辺には源平町や源平橋などがありましたがこれも多分同じくらいに名付けられたものなのでしょう。

「首洗い池」もきれいに整備されていて小さいながらも駐車場があります。
入口から駐車場を抜けると何か金色に輝くものが見えてきます。




20100212-012.jpg  20100212-015.jpg

曇天に不釣り合いなほど光り輝く金の色。
まさかと思いながら近寄ると、三人の武将と兜が。
黄金の輝きは兜の鍬形でした。



20100212-014.jpg  20100212-013.jpg

本当に水溜りのような小さな池がポツンと。
周辺は加賀三湖と呼ばれる潟湖があり(現在その殆どが干拓されていますが)、昔からこういった小さい池も多数あったのでしょうか。
上の地名のように後づけで作られた可能性も無きにしもあらずですが、そこはまぁロマンが無くなっちゃうので、あまり突っ込まないようにして……

池の中には「首洗い池」の碑。
連れと「うわぁ、あの中に建てるのは大変だねぇ」なんて言ってたのですが、帰宅後地元の町誌を見たら水の無い首洗い池の写真が載っていたので、碑を建てる時には水抜きしているかもしれません。

右の写真は「むざんやな兜の下のきりぎりす」の句碑。
これは松尾芭蕉が小松市の多太神社を訪れた際に読んだもの。
多太神社についてはこの後詳しく触れていこうと思います。



20100212-016.jpg  20100212-019.jpg

『平家物語』では次のように書かれています(一部略意訳有り)

平家の軍が次々に撤退する中、単騎で残り戦っていた武将に目をつけ、襲いかかる義仲軍の将、手塚太郎光盛。「名を名乗れ」と言っても名乗らず、侍大将のいでたちをした男の首を取り「異様な曲者を討ち取ってまいりました」と義仲へ報告します。

首を見た義仲は、
「これは斉藤別当実盛のようだが…私が幼いころに見た彼はうっすら白髪交じりの髪であった。いまは真っ白になっているであろうに鬢髯が黒いのはおかしい」
と、樋口次郎兼光を呼んで確かめさせます。

兼光によると
「斉藤別当は私に会っていつもこう言っておりました。『60歳を過ぎて戦に出るような時は、鬢髯を黒く染めて若やいで行こうと思う。なぜなら若い者と争って先駆けしてむきになってと言われたり、老武者と侮られるのが癪だから』と」
早速洗わせてみると、実盛の首はみるみる白髪になりました。



20100212-018.jpg  20100212-017.jpg

多分この銅像の3人は義仲、兼光、光盛だと思うのですがいかんせん解説が無い。
銅像の裏にでも何か書いてあるかとあちこち見てみたもののはっきりとしたことはわかりませんでした。

床几に腰かけ実盛の首を抱き天を仰いでいるのはまぁ間違いなく義仲でしょう。銅像をためつすがめつして出した結論としては写真向かって右側、義仲に対峙しているのが光盛。中央、兜の真後ろにいるのが兼光ではないかと。

光盛は装束が乱れ、後ろの矢が折れていて戦いから帰陣したばかりといった出で立ちから判定したのですが……違っていたらすみません。どなたか詳しい方がいたら教えていただけるとありがたいです。
(ここも観光ガイドお願いすればよかった)


ちなみになぜ義仲が敵である実盛の首を抱きかかえているのかというと……

義仲は幼いころ「大蔵合戦」にて父親を亡くし敵方に命を狙われます。それを匿い、木曽の中原兼遠の元へ送ったのが畠山重能と実盛でした。(兼遠みずから木曽へ逃したという説も有)
いわば命の恩人なわけで、この銅像もその人物とこのような形で再会するとはと悲嘆している場面(だと思われます)。



20100212-020.jpg  20100212-021.jpg

銅像の裏手は小高い丘になっています。
古墳か何かかなぁと何も考えず上る(煙と何とかはってやつです)。
するとそこには小さな社があって、中には兜が納められていました。
多分これも多太神社の兜の写しだと思うのですが。
とにかくびっくりして社に手を合わせ、首洗い池をあとにしました。



20100212-022.jpg  20100212-023.jpg

銅像のことや兜のことを話しながらぶらぶら歩いて「片山津温泉」へ。
ここは柴山潟から湧き出た温泉で、潟の一部を埋め立てて造られた温泉郷。
泉質は右の写真の通り。



20100212-024.jpg  20100212-025.jpg

「しょっぱいのが特徴」ということで飲料可のところで一口いただいてみたところ確かにしょっぱかったです。
日帰り入浴できる「総湯」でゆっくり温まって、いざ加賀温泉駅へ。

しかし、ここからまさかの地獄の行軍となるとは……私も連れも一切考えていませんでした。






スポンサーサイト

[2010/03/21 16:54] 雑記 | TB(0) | CM(0)


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。